Naka Time and Space

時間と空間に関連する諸々を書きます

テーマ: 時間と空間

時間と空間は私たちと密接に関わっている

時間と空間は、私たちが生きる世界にとって不可欠なものだと思います。目に見え、触れることができる世界は広がりをもっていますし、今こうして生きている間にも刻一刻と時間は過ぎ去っていきます。

時間がない世界、空間がない世界というのは直観的には想像がつかないです。私たちの社会は、時間や空間の存在を前提に成り立っています。こうした普遍性をもつからこそ、時間と空間を切り口にあらゆることを眺めてみればいろんな発見があり、生活を豊かにしてくれるようなヒントが得られるのではないのかと思いました。

本ブログでは、そうした時間や空間に関する実践や考えを記事にしていきたいと思っています。

時間と空間を考えるきっかけ

大学時代に哲学を専攻していたことが大元のきっかけです。自分は本ブログのアイコンにもしているカントの『人倫の形而上学の基礎づけ』を卒業論文の題材としました。卒論執筆期間中には、カントのそれ以外の著作もちょこっとだけ読んでいました。その中でとりわけ印象的だったのが『純粋理性批判』です。正直自分にはある程度の理解さえできた自信がないのですが(院試に落ちるほど出来の悪い学生でした…)、時間と空間が人間の認識の普遍的なフレームなのだという考えは目から鱗でした。

このあたりから、今まで当たり前すぎて特段意識することすらなかった時間と空間が考える対象となりました。

2年前に社会人になり、少しの期間ベルクソンの著作を読んで新たな時間観と出会いました。科学的な対象となるような等質的な時間ではなく、まさに人間によって経験されるものとしての時間を考えたベルクソンの視点はとても新鮮でした。さらにこれは、時間だけでなく、空間にも言えそうだなと思いました。

nakant.hatenablog.com

等質的・非等質的な時間と空間

先のベルクソンの考え方を参考にさせてもらうと、時間と空間には等質的なものと非等質的なものが考えられるのかなと思いました。

等質的な時間と空間で連想されるのは、産業革命以降に社会に広がった時間と空間の感覚です。より早く移動し、より効率的にタスクをこなしていく、そんな生活における時間と空間が等質的であると言えそうです。現代では娯楽においてもこうした感覚は浸透していて、こちらの時間観・空間観が今の時代では影響力をもっているのかなと思います。

対して非等質的な時間や空間というのは、瞑想、スローライフ、散歩、そういったキーワードが連想されるものでしょうか。時間と空間を均等に切り分け、効率的に配置して人間の計画性のもとに押し込めてしまうのではなく、偶然性、一回性を大切にするのがこちら側だと思います。

両者は往々にして対立するものとして言われることが多いですが、どちらの良いところも享受していけるのではないかと考えています。

まったくやる気の出ない仕事を効率的にサクッと終わらせたり、飛行機のおかげでそれ以前には考えられなかった程早く遠くに行けたりするのはシンプルに喜ばしいですし、休日に時間に縛られず漫画を読んだりNetflixを観たり、通勤・通学経路の一駅分をあえて歩いてみて良い感じの店を発見する、みたいなこともまた良いことだと思います。

今後

上のような考えが背景にあることをお伝えしたうえで、時間と空間に関連するさまざまな実践と考えを綴っていきたいなと思います。